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ヴィンテージ・コンパクト&ケース

Vintage Compacts & Other Cases for Ladies

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Vintage Compacts & Other Cases for Ladies

ヴィンテージコンパクト & その他 レディーの小物入れ

***** Compactの歴史 *****

古代文明に遡ると、世界のあらゆる地域で化粧品と化粧品入れが使用されていました。
“cosmetics”(化粧品)という言葉は、ギリシャ語で装飾するという意味の言葉“kosmein”、に由来するとそうです。
“cosmetics”は男女ともに、自然体の美しさを人工的に高め美しくするものとして使用されました。
最古の“cosmetics”として知られているものは、花や芳香性のある葉っぱを粉砕して作られたパウダーです。
今日のパウダーコンパクトの前身としては、東洋の"ointment container"、
エジプトの"kohl-pot"古代エトルリアの"cosmetic jar"、フランスの"unguent jar"等があります。
 
化粧品の起源はオリエントですが、使用されていた証拠としての最古のものは、
エジプトの墓からの発掘品です。
古代の風習として、王や女王を埋葬する際一緒に故人の持ち物、とりわけ高価な品物等が埋められました。
エジプトの墓が発掘された際、考古学者たちは、化粧品入れの"kohl-pot"や、さじ状の化粧用具を発見しました。
それらは様々な形や大きさのものがあり、オニキスやガラス、象牙、骨、様々な石、木で出来ていました。
 
"kohl"(コール)とは、まぶたなどを黒く装飾するための黒い鉱物性の粉で、
使用の際は象牙や木製のスプーン状のものが使われたとされています。
装飾目的の他、砂漠の日光や病気から目を守るためにその黒い粉末は使われたという説もあります。
古代ギリシャ・ローマ・中国では、鉛の灰が粉おしろいとして、またアルカネットという植物が口紅として使われていました。
十字軍はハーレムから英国に戻った際、化粧品も持ち帰ってそれが広まり、
やがてはルネッサンスのイタリアやフランスでも男女共に使用されるようになりました。
英国では、クイーンエリザベス時代(1558年 - 1603年)ブルジョア階級にのみ許され、流行しました。
 
18世紀後半になると、英国における化粧品の使用はかなり普及し、
議会が法律を定め階級によっては使用を禁止するまでになりました。
19世紀後半のヨーロッパ、とりわけイタリアやフランス、オーストリアで、化粧品の再流行が起こりました。
そのこともあり、ヨーロッパでは数々の素晴らしく芸術的であり貴重なコンパクトが製造されました。
イタリアでは、蓋にエナメル彩色を施したものや、精巧な彫刻入りのシルバー製のコンパクトなどが、
フランスではさらに美しい宝石をちりばめたり、メタルチェーン付きのものなど様々なタイプのものが作られました。
 
ヴィクトリア朝時代(1837-1901)、保守的な上流社会において、人工的に美しさを施す化粧品の使用は難色を示されました。
これはアメリカにおいても当てはまることでした。
第一次世界大戦(1914-1918)前まで、メイクアップはモラルに反するとされたのです。
その頃の女性は自分で頬をつまみ、自然なピンク色にしていたとも言われています。
Gray社とElizabeth Arden社の両化粧品会社は、顔の筋肉を刺激して、
頬を自然なピンク色にするための“フェイスパター”という器具を開発し、販売しました。
しかしながら、1925頃までには、化粧品関する認識が劇的に変化しました。
日常的に化粧を施すという行為は次第に世間に受け入れられ、軽蔑されることもなくなっていったのです。
 
メイクアップが受け入れられたのは、流行を生み出していた銀幕スターの影響によるとされています。
“メイクアップ”という言葉は、実は当時スターの化粧を担当していた、Max Factorによって作りだされた言葉です。
女性たちは、次第に美の重要性を認識し、化粧品を使用することでモダンなイメージを作りあげることを望んでいきました。
女性たちが解き放たれ、ビジネスの世界でも活躍するようなると、
化粧品は女性の身だしなみには欠かせないものとなりました。
それに伴い、コンパクトや、化粧品を持ち歩くためのケースが必需品となり、
様々なタイプのコンパクトや化粧品入れが作られていった。
 
第一次世界大戦前、公の場での女性の喫煙はタブーとされていましたが、
戦後化粧と同様に女性の喫煙も次第に受け入れられ、流行するようになると、
化粧品を喫煙具を一緒に入れることができるタイプものも増えていきました。
それにより、限りあるスペースの小さなバッグに機能的に収納して持ち運ぶことが可能となりました。
持ち運びのできる化粧品ケースは莫大的ヒットとなり、ファッション小物として欠かせないものとなりました。
流行の仕掛け人たちはこぞって、女性はワードローブの中の異なる装いのそれぞれにマッチする、
異なるタイプのものを持つことを勧めました。
 
「The Elign American Co.」は、昼用・遊び用・夜用の3つの異なるコンパクトがセットになった、
人気のボックスセっトを発売しました。
様々なテイストと価格帯のコンパクトが作られ、その価格はメーカーや素材によって異なりました。
「Cartier」「Hermes」「Boucheron」「Tiffany」「Van Cleef & Arpels」「Aspreys」などの一流宝飾品ブランドは、
時折貴金属に多くの宝石を施した高級コンパクトの制作を依頼されました。
それらは、もはや化粧品ケースというよりは、ジュエリーやドレスアクセサリーそのものとなっていったのです。
 
「Coty」「Evening in Paris」「Tre-Jur」「Charles ofthe Ritz」「Colleen Moore」「Dorothy Gray」
「Helena Ruinstein」「Jonteel」「Lady Esther」「Richard Hundnut」「Princess Pat」「Riz」「Tangee」
「Woodbury」「Yardley」、そして「Elizaveth Arden」といった化粧品会社は、
様々なタイプのコンパクトを大量に生産販売しました。
それらは比較的安めの素材で作られ、買い求めやすい価格のものでした。
 
また、コスチュームジュエリーの会社やデザイナーの「Trifari」「Eisenberg」「Coro」「Rovert」「Ciner」「Hove」
「Hattie Carnegie」なども、わずかですが、美しく比較的買い求めやすい価格のコンパクトを制作しており、
それらは今もなお、コスチュームジュエリーと同様にコレクターズアイテムとなっています。
 
多くの化粧品会社は空のコンパクトケースを委託して作らせ、それに自社の製品をセットし販売しました。
1900年代に最も人気があったコンパクトの会社は、「Elign American」「Volupte」「Evans」「Whiting & Davis Co.」
そして「Stratton of London」である。
第一次及び第二次世界大戦中には、愛国心を表すモチーフがコンパクトにも使われました。
例としては、陸海軍の帽子を型どったものやメッセージ入りの旗マークなどがあります。
帰りを待つ愛しい人へのプレゼントととしても人気があったようです。
 
1950年代になると、それまでのルースパウダーより多くの女性が好む、
新しいコスメ、クリームパウダーが作られ始めました。
また、その頃から使い捨てのプラスチック製容器や液状のファンデーションが増え、
結果コンパクトの生産は徐々に現象していきました。
 
1997年、ついに英国最後のコンパクト製造メーカー「Laughton & Sons」が買収されたことにより
英国でのコンパクト製造は終を迎えることとなりました。
パウダーコンパクトは、極めて個人的な所有物のため、そのほとんどは母から娘へ、
などと家族や親密な間柄で受け継がれてきました。とある家庭では小さな財産として大切にされているそうです。
 
コンパクトのコレクターたちは、よりノスタルジックな過ぎ去りし女性らしさの象徴を求めて、
今日もアンティークフェア・ショップ・センターなどを訪れています。
 

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***** Designers & Companies *****

◆Alwyn Compact ( Alwyn Case Co. )

アメリカのケース・容器会社。詳細は不明ですが、1930-1940年代に、コンパクト容器の製造をしていたようです。

◆BOURJOIS: Evening in Paris

BOURJOISはコスメティックブランドとしてよく知られていますが、実は1863年に、パウダーを初めて開発し、ポットに入れて販売した会社のひとつでもあります。
その後、メイクアップ製品などを製作販売し、今日の位置づけに至ります。
1928年、BOURJOISで最も人気となった香水「Evening in Paris [Soir de Paris] を発売。
1930年台には同ライン名で、コンパクトを始めとする化粧小物一式が入ったBoxを販売しました。
「Evening in Paris」と並び、「Springtime in Paris」ラインもポピュラーです

◆COTY

1900年代初頭:フランスのパリで創業 コスメティックスやフレグランスの会社
1914年9月15日、Coty製コンパクトのトレードマークと言われる、オレンジベースにパウダーパフが描かれたものが登録されました。そのデザインは、有名なガラス職人のルネ・ラリックと舞台セットやコスチュームデザイナーとのコラボートによるものです。
1922年にはニューヨークへも進出。その後買収や統合などを繰り返し、現在はフラグランス業界で巨大なマーケットを占めるインターナショナルな会社です。

◆GWENDA (Hussey-Dawson Ltd,)

"Gwenda"という商標名は、英国・Birminghamの Hussey-Dawson Ltd,という会社のもの。
彼らは1930年代及び1960年代にコンパクトを製造販売していました。(戦時中は除く)特に知られているのはバタフライウィングやフォイルコンパクトで、当時は庶民ブランドでしたが今日はコレクターに大変人気で、価格も高値で取引されています。

◆JEAN-CHARLES BROSSEAU◆

1955年に創立したフランスの化粧品ブランド。
創立者はジャン・シャルル・ブロッソー(Jean-Charles BROSSEAU)。
パリを拠点に始めたのはファッションハウス。
1981年、香水「オンブル・ローズ」を発表以降、香水の販売に重点を置くようになりました。
現在は、世界30カ国以上で香水を送販売しています。

◆K&K

正式には「 Kotler & Kopit Inc 」というアメリカのコンパクト会社。
多くは知られていませんが、1930s-1950sに存在していた会社で、ロードアイランド州のPawtucketを拠点にし、コンパクトの他シガレットケース等も製造していました。
N.Y.の Fifth Avenue にも住所の登録があったようです。
個性的なデザインのコンパクトも多く、K&Kという文字と女性のシルエットのロゴが目印。

◆KIGU

最初のキグ・コンパクトは、第二世代の銀と金細工職人であった Gustav Kiashekにより作製されました。これは、世界で最も早く作られたコンパクトのうちのひとつです。
1920年代初期までに、彼はブダペストで工場を持ち、彼の名前に由来する-KIGU -とういう商品名でコンパクトを生産していました。
彼の息子ジョージは、1939年にイングランドへ向かい、KIGU社が1947年に設立されました。
職人によるアーティスト性あふれるコンパクトを制作販売し、人々が購入しやすい価格設定にも努め、コンパクトの普及に貢献しました。
KIGU社は1950年代後期にはコンパクト製造を停止し、代わりにコスチュームジュエリーの制作を始めました。
1977年、 Kiashek氏の死に際してKIGU社はASブラウン社(マスコット)によって買収されました。
美しく巧みに作られたビンテージ・キグ・コンパクトは、人気があるコレクター・アイテムです。

◆Marhill

1940年代にニューヨークの五番街で創業を始めた輸入販売業者。
主な取扱品は真珠母貝を用いたコンパクトや煙草用品具で、1960年代の始め頃まで事業を行っていました。
また、"MOP jewelry"という名で平皿やコスチュームジュエリーも取り扱っていました。

◆Mascot(A.S. Brown)

"Mascot"という名前は英国の"A.S. Brown"社の商標。
彼らは1940年代から"ABS"と記したコンパクトを製造していましたが、1950年代より"Mascot"という名称を使用するようになりました。
1940s-1950s、英国ではメインのコンパクトブランドとして知られていました。
特に有名なデザインとして、ハンドバッグ型のコンパクトがあります。
1977年にKIGU社を吸収。1980年代までコンパクトの製造をしていました。

◆Melissa

英国のコスメ・コンパクトブランド。会社は Searchlight Products (Melissa) Ltd.。
詳細は不明ですが、1950sには英国ではメインのコンパクトブランドとして知られていました。
1960年代に入り生産が落ち、中頃までにはほぼ生産されなくなりました。
1970年中頃までは会社として存在していたようです。

◆SCHILDKRAUT

正式名称は「Schildkraut Brothers」。
N.Y.を拠点にし、コンパクト・バック・ミラー等を製造販売していた会社のようですが、年代等多くは不明。
本物のプチポワンやマザーオブパールなどの貴石を使用した製品も多く、デパートなどでも
販売されていたことから、比較的高級な製品も扱っていたと思われます。

◆Princess Pat(Gordon,Gordon Inc.)

「 Princess Pat Ltd.」 Chicago, IL.  ルージュケース、バニティーケース、コンパクトなどのメーカー。
二人のユダヤ人移民が1907年にシカゴで「Gordon,Gordon Inc.」を設立し、トイレタリーグッズなどの製造販売を始めました。彼らの初のサクセスラインは'Mm'ry'シリーズです。
また、1919年頃から'Princess Pat'及び'English Tint’シリーズのいわゆる商標登録を開始しました。
1925年には、人気となったシリーズ'Princess Pat'を独立させ、「 Princess Pat Ltd.」を創設しました。
1930年代に成長を続け、1940年初頭にはその最盛期を迎えました。
しかしその後訴訟問題や競争の激化により徐々に衰退。
1950年代に創業者が相次いで亡くなったことが最終的な引き金となり、1960年代には消滅してしまいました。

◆Regent of London

英国のコスメティック製品・メタル、真鍮製品の会社。
詳細は不明ですが、真鍮製のドレッシングセットや時計などが出回っています。
1940s-1960s頃のものが多いようです。

◆Stratton

1923年、英国のStratton社は米国からパーツを輸入し、パウダーボックスの組立制作を開始。
1930年代に自社でパーツを生産し、英国で約50%もを占めるコンパクト製造会社となりました。
戦時中には5つあったうちの4つの工場が破壊されましたが、1946年に生産を再開。
1950年代にはさらなる成長を遂げ、1960年代にはStrattonグループ社が世界各地に出来ました。
しかし1970年代終わりから1980年代に入り、コンパクトの需要がなくなっていき、1997年に買収されました。
Strattonコンパクトの名前は残っており現在も製造されていますが、英国では生産されていません。
Strattonのコンパクトは、20世紀におけるファッションとコスメ業界の移り変わりを色濃く反映しています。

◆VOGUE Vanities

英国で1930年代の初め頃から1950年半ばにかけてコンパクトを製造していました。
第二次世界大戦中(1942-1945)には製造を中止していましたが、1945年の終わりに再開。
生産再開直後、マークの表示が"VOGUE Vanitie"から"VOGUE Vanities"に変わったそうです。
オリエンタルなデザインが特徴的で、当時の英国ではトップクラスの品質を誇っていました。
 
 

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